航空交通を、空港を中心に描き直す

Recentering OpenSky Traffic: Arbitrary-Center, Multi-Projection Visualization on a Single GPU
14th OpenSky Symposium(2026 年 10 月 29–30 日・マドリード)ポスター発表。 短報(Short Paper)は Journal of Open Aviation Science に投稿済み。 このページはその日本語ダイジェストである。English version →

1「正しい地図」は問いで決まる

航空交通における基本的な問いは「この空港から見て、どの方向に、どれだけ離れているか」である。 一般的なメルカトル図法は局所的な角度を正しく保つが、距離も方位も保たない。 一方、正距方位図法は、中心に据えた一点からの距離と方位をそのまま正確に読み取れる。 だからこそ地図の中心を空港に置くことに実用上の意味がある。 AAE は地球上の任意の地点を中心にとり、20 種類の図法を同じデータから描き分ける。

マドリード空港を中心に置いた正距方位図法。暗い海と灰色の陸の上に、2,000 km ごとの同心円と、マドリード・ドバイ・羽田・ニューヨークを結ぶ大圏航路(実線)と等角航路(破線)が描かれている。

同心円は 2,000 km ごとの等距離円。空港から見た方位と距離がそのまま読める。外周が地球の裏側(対蹠点・約 20,000 km)。

マドリードの経度を中央に置いたメルカトル図法。同じ 4 路線の大圏航路が弧になり、等角航路の破線が直線になっている。

同じ 4 路線。等角航路(破線)は直線になるが、高緯度ほど引き伸ばされ、距離の比率が崩れる。

路線は MAD–DXB・DXB–HND・MAD–HND・MAD–JFK の 4 本。実線が大圏航路(最短経路)、破線が等角航路(進行方位が一定)。 シンポジウムの発表図版では、この上にスペイン国籍の航空機 44 機の位置(2026 年 9 月 23 日 23:27 UTC 時点・OpenSky Network)を重ねている。 海岸線: GSHHG / 空港の位置: Natural Earth

路線の線は 3 種類

空港は IATA の 3 レターコード(MAD・DXB・HND・JFK)で指定する。座標は Natural Earth の空港データ 880 件から引く。

線意味直線(真円)になる図法
大圏航路geodesic2 空港間の球面上の最短経路心射図法。正距方位図法では中心を通る路線のみ
等角航路rhumb line方位角を一定に保って進む経路メルカトル図法(通常の中心設定時)
等距離円range ring1 つの空港からの等距離を示す円正距方位図法において中心に置いた空港の円のみが真円
極をまたぐ距離円や、対蹠点(地球の真裏)どうしを結ぶ大圏航路のような特殊な境界条件でも破綻せずに描画できる。 また、地図の端(切れ目)をまたぐ線分が枠外へはみ出さないようクリッピング処理を行っている。

2中心を変えるだけでは足りない

正距方位図法の中心をある空港に置けば、その空港を発着する路線は直線になる。 しかし、その空港を経由しない路線は曲線のままである。 たとえばマドリード中心の正距方位図法では、マドリードを通らないドバイ–羽田線(全長 9,240 km)は曲線になり、 地図上の直線(弦)から最大 1,050 km(全長の約 11%)も外側に膨らむ。 特定の中心や単一の図法は万能の解ではない。問いが変われば、中心も図法も変える必要がある。

問い図法何を保つか代償
ここからの距離と方位正距方位中心からの距離・方位中心から離れるほど大陸の形が歪む
最短経路は直線か心射すべての大圏航路が直線になる中心から半径 60° の範囲までしか描けない
どの地域が広いかイコールアース面積の比率角度や局所的な形を保たない
一定方位の航路はメルカトル角度(等角航路が直線になる)距離も面積の比率も保たない
イコールアース図法に同じ 4 路線とマドリードからの等距離円を重ねた図。距離円は楕円に歪み、路線は曲線になる。

面積の比率を保つ。路線は曲線になり、等距離円は楕円に歪むが、地域や空域の広さの比較が正しくなる。

ADS-B AIS APRS SGP4 syslog N 個の入力 レコード型lon, lat, t, … 球面回転 R中心を決める 正距方位 メルカトル イコールアース 心射 … 20 種 M 個の出力 接続は N + M 本。N × M 本ではない。 入力を足しても図法側は変わらず、図法を足しても入力側は変わらない。 中心の移動は球面回転 R だけで決まる。

各種の観測データは 1 つの共通レコード型に正規化され、球面回転 R を経て各出力(図法・画像・動画)へと送られる。

図法の違いは、どの縮尺で見るかで大きさが変わる。EU が公式に定める 2 つの図法(ETRS89-LCC / ETRS89-LAEA)と比較用の円錐 2 つを、同じ中心(マドリード)・同じ縮尺で海岸線だけ色違いに重ねた。 差は中心から離れるほど開き、ローマで 56 km、ワルシャワで 87 km、テヘランで 163 km になる。一方スペインの幅では海岸線は 1 本に重なり、1,000 km の距離円で 40 px 開くだけである。 円錐 3 つは標準緯線(2 本の緯線)で歪みを帯状に抑えるのに対し、ランベルト正積方位は接点(中心)1 つで抑える。

マドリードを中心に、4 図法の海岸線を色違いで重ねた図(1 px = 2.6 km)。イベリア半島では 4 本が重なり、東地中海や黒海では色が分かれて並ぶ。マドリードから 1,000 km ごとの距離円も 4 色で描かれている。

イベリアでは 4 本が 1 本に見え、東地中海・黒海・紅海で色が分かれる。距離円 1,000 km × 3 も図法ごとに半径が違う。

同じ重ね合わせをスペインの幅(1 px = 1.1 km)で見た図。海岸線はほぼ 1 本に重なり、200 km ごとの距離円が外側ほどわずかに分かれる。

海岸線は 1 本に重なる。距離円 200 km × 5 は外側ほどわずかに分かれるが、1,000 km で 40 px にとどまる。この縮尺では図法を選んでも絵は変わらない。

琥珀 = ランベルト正角円錐(EU 公式・EPSG:3034)/ 水色 = ランベルト正積方位(EU 公式・EPSG:3035)/ 緑 = アルベルス正積円錐 / 桃 = 正距円錐。標準緯線 35°N / 65°N・中央経線 10°E。動画版は 動画ページ §10。 海岸線: GSHHG

3動かすと、こう見える

正距方位図法の中心をマドリードから東京へ連続して動かす 40 秒の映像。地球上では同じ円である等距離円が、地図の上では中心の移動にともなって形を変える。 2 本目は同じ動きの上に、航空機・船舶・地上局のある時点の観測位置を重ねたもの(無音・日本語字幕つき)。

マドリードからの等距離円と 4 路線のみを描画。海岸線: GSHHG
航空機(ADS-B)・船舶(AIS)・地上局(APRS)の 2026 年 10 月 16 日のある時点の位置。OpenSky Network / aisstream.io / APRS-IS / 海岸線: GSHHG

4どう描いているか

中心を動かすたびに陸地ポリゴンを最初から投影し直す方式(順投影)は、中心の移動にともなって日付変更線や極のまたぎ方が毎回変化するため、6 回作り直しても描画が安定しなかった。 そこで AAE では、地形データを最初に一度だけ正距円筒図法の 1 枚の中間画像に焼き込み、出力画面の各画素から「中間画像のどこを参照するか」を対応表(LUT)で逆引きする方式を採った。 地図の中心を動かす操作は、対応表を計算する前の「球面回転行列 R」を更新するだけで完結する。 一方、移動体の点と航路の線は同じ回転 R を適用して平面へ順投影する。詳しくは仕組みにある。

項目値条件
中心変更から表示まで16.4 ms(中央値)うち対応表(LUT)の生成 6.0 ms。解像度 1920 × 1080
10 万点の同時描画3.1 ms1920 × 1080・20 フレームの中央値
実装済みの投影法20 種類描画エンジン側に図法ごとの条件分岐なし。属性定義で処理を振り分ける
使用 GPURTX 4000 SFF Ada(1 枚)CuPy + 自作 CUDA カーネル(塗りつぶし・サンプリング・合成)。グラフィックス API は不使用
本発表で比較しているのは「図法どうしの見え方」であって、他の GIS ツールとの速度比較ではない。個人で書いたローカル実行アプリケーションの記録である。コードは現時点では公開しておらず、API など公開する範囲を検討している。

5発表とデータ

項目内容
会議14th OpenSky Symposium, Madrid(CRIDA), 29–30 October 2026
形式ポスター発表(Poster Session, 29 October 16:20–17:20)
短報Journal of Open Aviation Science に投稿済み(4 頁)。掲載後にリンクを追記予定
著者Independent Researcher, Tokyo
キーワードADS-B visualization / OpenSky Network API / map projection / GPU-accelerated visualization / azimuthal equidistant

使用したデータ

データ提供元扱い
航空機の位置(ADS-B)The OpenSky Network非商用研究の条件で利用。取得した元のレコードは再配布しない
空港の位置Natural Earth 10m airports v5.0.0パブリックドメイン
海岸線GSHHG / Natural Earth 110m coastlinesLGPL / パブリックドメイン
AI ツールは英文の校正と組版の補助にのみ用いた。